呉 · 三国時代
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りょもう呂蒙Lǚ Méng

字:子明南郡太守・大都督

生:178年·没:220年
演義

「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし。」

─ 男子たるもの三日も経てば、見違えるほど成長しているものだ。

出典:『三国志演義』第47回〜第48回(呂蒙の変身を描く台詞)

無学から猛勉強し程普ら古参に「呉下の阿蒙ではない」と驚かれた呉の大都督。

白衣渡江の計で兵を商人に変装させ関羽の背後から荊州の守将を次々と懐柔し無血で荊州全域を制圧した。

捕らえた関羽を斬首した直後に急死。

孫権を恨む関羽の亡霊に祟られたとも伝わるが実際は過労による病死とみられる。