魏と呉が繰り返し激突した戦略的要衝。
張遼が800の兵で孫権の10万の大軍を撃退した「合肥の戦い」で名高い。
孫権は何度も合肥攻略を試みたが、ことごとく失敗した。
「孫十万」という蔑称はこの敗戦から生まれたとされる。